2012年12月13日木曜日

6Chapterコース!!第3回目

こんにちは!!Dです!!

先日、12月9日にスーパーME!!evolve 6Chapterコース!!の第回目が無事開催されました!!!

今回もスーパーME的アーユルヴェーダ炸裂!!古典と最新研究を織り合わせた内容で世界はニッコリに!! アーユルヴェーダでございまする チーン の様にアーユルヴェーダのみならずアーユルヴェーダの視点からから観た現代の世界の人々に通じるスーパーME!!的アーユルヴェーダこの講座ではより実践的で生活をにっこりニッコリなツール アーユルヴェーダを生徒さん達に体得して頂いております!!
今回は運動!!について     
今回はヨーガセラピストの田中愛央さんにちょっとした合間に出来る身体のケアを紹介して頂くコーナーも!! ちょっとした合間、オフィスのデスクで、お手洗いで、寝る前に、etc、
皆さん熱心!!授業中も熱心に皆さんノートを撮ったり運動でも熱心に受講して頂き感謝致します!!!!!!!!

ご参加頂いている生徒様方 開催に際しご協力頂いた方々 田中愛央先生 小峰博生先生

ありがとうございます!!!!!!!!!!!!☆ 

2012年11月24日土曜日

アーユルヴェーダとヨーガ!!

こんにちはD!!です!!

昨日スーパーME!!evolve 小峰博生と田中愛央(ヨーガセラピスト)のアーユルヴェーダとヨーガ!!が無事開催されました!!

極道ヨーガ!!
注)極道とは本来、仏教用語で道を極めたひ人の事を云います。




アーユルヴェーダ医小峰博生とヨーガセラピスト田中愛央先生のコラボレーション!!

普段ヨーガのインストラクターをされている方から全くヨーガをしたことの無い方までご参加を頂きました。

アーユルヴェーダから見たヨーガの使い方、ヨーガからみたアーユルヴェーダの取り入れ方 同じポーズでも気持ちや考えが違えば効果もまた変わって来ます!!

普段から私たちは知らず知らずに緊張を強いられています それに気付き解きほぐしてやることによって より良い毎日、自分を変えると世界もかわるよ!!
アーユルヴェーダの古代より培って来た理論とそれらを証明していく最先端科学が重なり合い ヨーガを使って身体から心を変えていく!!
要は自分がスッキリニコニコならそれが周りの人達にも伝波、更に広がれば世界へ、その逆も然り
ならば自分から世界へ毎日スッキリニコニコしちゃいましょっ!!
アーユルヴェーダとヨーガにはそれができるヨ!!って感じてもらえたのではないかと思います。
特に難しいポーズ等は無く無理なく身体から心をリラックス!!

ご参加を頂きました方々、田中愛央先生、小峰先生、今回も大変良い会に成りました。
どうもありがとうございました。m(_ _)m








2012年11月12日月曜日

6Chapterコース!!第2回目ーー!!!!!!

こんにちは!!!!!

Dです!!!

昨日スーパーME!!evolve 6Chapterコース!!の第二回目が開催されました!!!!

意識の持ち方、睡眠、生活法、身体のケア、etc,,, アーユルヴェーダの古典から最先端科学論文までの組み合わせスーパーME!!evolve的アーユルヴェーダ!!
実に良い!!←自画自賛(笑 m(_ _)m シツレイシマシタ

私が 嬉しかったのは生徒さん達が第二回目ともあってか実に良い姿勢で授業を愉しんで頂けたのではないかと云う実感がもりもりと感じられたことです。
皆さん真剣にノートをとり、時にわらい、実際の薬草などに触れ、スーパーME!!evolve的アーユルヴェーダを存分に吸収して頂けたのではないか!!!
ありがたく思います。

睡眠についてかたっております。

生活法、の中の口のケアを生徒さん達に触れてもらっているところをブログを読んで頂いている方にもちょこっとご紹介


天然の歯磨き粉を作る成分のご紹介
生徒さん達は実際にふれてみたり


写真だけでは解りませんが(歯磨き粉の作り方等、) このように実際に色々と触れてもらいました。


今回もスーパーME!!evolve 6Chapterコース!!
皆様のおかげで無事に良い会に成りました。

ご参加頂いた生徒様、ご協力頂いた関係者様、スタッフ様、
そして小峰先生、ありがとうございました!!!!!!!!!!

ワーイヽ(゚∀゚)/


2012年11月6日火曜日

無限大シンクロ・マックス

自分を含めたところでどうして人は「枠」とか「檻」を作って狭い所に自分を押し込めようとするのだろうか?

なんだか意識の檻なぞに留まっていたくはない。

もともと自他の区別がないものの中に認知のプロセスで自他というものができただけで自分なんていない。音を聞いていれば自分が音を聞いているのではなくて音こそが自分だったとか。こいつ、嫌な奴だなと考えていればその思考そのものが自分自身だったみたいな。

ここからここまでが自分でここからここまでが他者とかやっていると詰まらんとは思う。

だから開くように開くように意識を向けようとするとぱぁ~と開く瞬間もあってそれはそれが「ウフフフフ」気分だ。胡散臭いぐらいに。

(そういえば謎な言葉使いをするからほめ言葉とそうでない言葉と変な言葉の基準が違ったりしてたまに困る。「変」はほめ言葉だったり。「ど変態」「狂っている」とか超絶のほめ言葉なんですけどどうやら世の中の基準は違うらしい。言葉の認識の差異というのは話す人相手にかえなきゃいけなくて大変だなぁ。)

自分が今まで想像も出来なかった世界に飛び込んで想像もできないぐらいエクスタシー・シンクロ・マックスに入り込むんだったら今まで違う発想しなきゃいけないわけ。

だれにも強制されずに自分の好みのままに人生の38年を旅してきて今、自分がいるところが嫌ではないけど今、自分がいるところと違うところにいきたかったら自分の発想の外側に出なければいけない。そこに向かうために今の自分自身を全肯定しちゃって歩み始めるって逆説的な所が面白いけど。

自分の発想の外側だったら大体、自分で気づかない。
自分で気づけるものはそもそも自分の発想内な訳でそれに従えば「今、自分がいる場所」にくるわけだ。
自分の発想の外側はそもそも自分では気づけないものな訳で他人の風当たりというのはそういう意味で自分の意識を軌道修正な世界からの風、程度なもの。

他人の風当たりも発信場所を個人に特定しないで世の中のという集合意識的な世界からの風という感じで(少し胡散臭い笑)とらえると別にどうということはなく軌道修正する感じで風とともに音楽をジャムれば良い。ボブ。マーリーもジャミング ジャミング、アイ ワナ ジャム ウィズ ユー♪といっていたのでそうだそうだと激しく思う。僕も世界とジャムしたい。

あんまり世界ジャミングとか時空ジャミングとかわけ分からない事をいうと胡散臭いな。

そうそう意識が檻の話。

意識が檻で檻の中は子宮で子供の時に昔作った基地作りをまだやっている。

マスターベーション的心の箱庭、心の子宮か。

キモイ

ウザイ

外をあるいて猫をみているとなんと自由な。

鳥の声を聞いているとそりゃ~楽しそうだ。

雨に跳ね返る木々の葉っぱのボヨヨン ボヨヨンとはなんとも馬鹿っぽい(ほめ言葉)

自分の無限の可能性に蓋をしてしまうのはいつも自分の意識で

そんなの面白くないから

なんでもかんでも手放して手放して

どうせ最初から何ももっていなかったし。

でもって全部手放してみたらきっと全部手に入るんだろうな。

というか所有という概念がないから

って今、この瞬間がその状態だったのか。


2012年10月16日火曜日

6Chapterコース!!!!!!!

こんにちはDです!!

6Chapterコーース!!!!!☆
先日10月14日!ついに始まりました!!月に一度の6ヶ月間にわたり開催致します
小峰博生によるスーパーME!!evolveアーユルヴェーダ講座!!


             \☆出足良くスータート!!☆/

受講者の皆さん熱心に受講されていました。
講義の内容も皆さんガテンのいく内容、驚きの内容、スーパーME的アーユルヴェーダ!!!
実りの有る一日に成りました!!!

ご参加頂いた受講者様、開催にあたりご協力頂いた方々、どうもありがとうございました!!!!!!感謝致しております!!!

2012年10月3日水曜日

恐れていると思っているのは僕だけか?

なにかを恐れているのだろうなぁ~という話をしたいと思います。

私は日々常々、人に説教臭いとか言われがちな仏教とかダライラマとかヨーガとかヒンドゥとかの本や意見に目がふれる事がよくあります。

だからなのか、かれらの意見の中に私達のデフォルトに恐れや不安というのがあると、半ば思い込んでいるんですね。

ただそれを日常の中で「今、怖い?」とか他人に聞いても「はぁ~?」というリアクション。

なかなか伝わらない。

「怖くないの?」

「別に」

「こわくなきゃおかしい」

とよく解っていないもので。よくわからないから尚更伝わらない。



「恐怖」というのは人間の行動の根底にあるもの。
動物では恐怖というメカニズムを通してサバイバルの道具にする訳なんですね。
なかったら大変というか生きていけない。

ただ恐怖と行った場合には因果の関係がはっきりしている。

この間、マムシが沢山いる山に行ったのですね。

このマムシが沢山いる山っていうのは私は山の住人ではないので実際、どれほど沢山いるのか解らないんですね。

マムシに合うかもと思っている状態と実際にマムシにあったときの状態が全然違った

マムシが出るのかもなんて思っている方が全然、怖い。

「マムシがでそうな雰囲気の岩肌」

マムシがでる、マムシが、うわ、このジメっとした岩肌、ここなんて岩の中にいそうじゃないかと。

こんな時、意識はご丁寧に岩肌の映像なんてのを作ってくれる。

「ほら、ここの下草のあたりなんて・・・」とか思っている。

呼吸の息遣いから、神経の働きも。アドレナリンやコルチゾールの血中濃度も上がる。心拍のレベル。

実際、マムシに出会ったのですがそれはマムシに合うなんて思ってもいない時だったんですね。

それが実際に出会ったマムシったらかわいいのなんの。

最近、蛇を飼いたいなどと妄想している私にしてみればこりゃ可愛かった。





実際の対象がいないのにふと感じている恐怖。

恐怖というより不安といったほうがいいのか・・・・・

このような小さな恐怖を沢山、感じていると思っているんですね。

それはどこからくるのか・・・・・

実際に立ち上がって意見を言わなければいけないときに意見を言えない、言わない。

なにを守っているのかって「自分」を守っている訳で。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
クリシュナムルティは結構好きなのですがこのクリシュナムルティの恐怖の話がよく解らなかった。

わらっちゃうくらい。

恐怖というのは関係性から生まれると。

恐怖は孤立しては存在しない。

自身の本当のありかたと自身のこうあってほしいという差異に恐怖は生まれると。

事実の自分があってこうならなければいけない自分というのを想起して、そこに「○○になったら人から○○と思われてしまうではないかぁ」とか恐れて。「ご褒美」と「罰」の間に「恐れ」があると・・・

う~ん、解ったような解らないような。

恐怖は責任とそこから逃れたいと思う意志のもとに発生する。

でも責任あるから逃れられない。

今、全てを投げ打って「わぁ~い、私は自由だぁ」と無責任にいくと「無責任な自分」と対峙しなきゃいけないなという恐怖かな?  

「成功」への過度の期待と「失敗」への恐怖。

あ~、これはちょっと解るな。

そう「失敗への恐怖」はわかりやすい。

それから恐怖は「意識のプロセス」の一つでしかないとクリシュナムルティは喝破するのです。

○○になっていくプロセスの中に恐怖が生まれる。

「成長」していく時には「失敗」への恐怖。

「出世」の欲望の下には「出世」しない事への恐怖。

「安心・安定」を求めるから「恐怖」が根底にあると・・・・・

ならば自己というのを心底理解して永遠なる自己がなければ恐怖なぞないのだ。

「知る」という意識の言語的働きはすでに牢獄。

過去の残響でしかない。

現在、今という瞬間は開かれていて。

でたぁ~、インドのおじさまのごもっともなご意見。

「そりゃ~、そうなんだけどね・・・・・・」と思ってしまう。

瞑想の訓練に訓練して意識を「現在」に固定できて時間の流れとともに今、今、今と一緒に流れていけて自我が作り出される前の前の前に意識を置いておけばそりゃ自由だし無限だ。

瞑想好きな人にはそれで伝わるし瞑想している人にもそれで伝わる。

どちらにしてもここへくるのかな?

瞑想とかって事じゃなくて今を生きる音楽に没頭するとかできるのだったらそれでいいと思う。



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それではそれでは

アーユルヴェーダではこのように唄う。

ディー・ダイルヤ・アートマーディヴィジュニャーナム・マノードーシャ・オーシャダム・パラム。

「分別する事をみにつける、揺るがない能力を身につける、自分自身や真実についての知識を深める事が心の乱れの一番の薬」(超意訳です)

先ずは自分自身はいつだって自由。

いつだってなんだってやってもいいしできるんだ。

自分自身の責任において。

なんだってできるのに最初から、それをできないと決めつけているのは自分。

「じぶんはこれぐらい幸せ」であるべきとか。

「自分は幸せにはなれない」とか。

最初から権利を拒否しちゃっている感じ。

自分には無理だって。無理だって思った瞬間に無理だ。

瞬間、瞬間に選択を迫られている。

その心の根底には「恐怖」がある。

そこで自分に固執する。

本当はなにももっていないのに。

自分の身体も今、ここにあるだけで。

自分の人生も泡沫でしかなくて。

ただ一つの季節に生える草のようなもので。

そのようなものなのに何を守る。

何を守る。

何を守っている?

死んだら裸でなんにも持っていけない。

サクッと駆け抜けて。

駆け抜けて

駆け抜けて

固執しない

固まらない。

なにももたない。



だから岡本太郎が(また!!)

俗に人生の十字路というが、それは正確ではない。人間は本当は、いつでも二つの道の分岐点に立たされているのだ。この道をとるべきか、あの方か。どちらかを選ばなければならない。迷う。
一方はいわばすでに馴れた、見通しのついた道だ。安全だ。一方は何か危険を感じる。もしその方に行けば、自分はいったいどうなってしまうか。不安なのだ。しかし惹かれる。本当はそちらの方が情熱を覚える本当の道なのだが、迷う。まことに悲劇の岐路。


2012年10月2日火曜日

GCK38

実践的に変化していくこと進化していくこと楽しむ、それがスーパーMEの目指すところ。
目から鱗ジェネレーター。

MKUと呼ばれています。

MKUとは世界中の医学論文が集まるサイトPUBMEDなんかで調べるとちゃんと78論文ほど引っかかります。

スーパーME的にはMKUはちょっと違います。

先ほどクリニックにて患者さまにもさもありなんと真顔で「MKUと呼ばれています」

「MKUですか?」

「はい、目から鱗です」

Me Kara Urokoの事です。

MKUマシーンとして大変大切なのが「記録」をとる事と「決意」です。

その記録をとる事で色々と実験してみようかなと・・・・
仕組みを立てて自分で可視化して変化を楽しむ。

そう何をするのもグラフで可視化しないと「やった~」という感覚が出ないんですね。

なにか自分の日常を自分進化の面白実験にしようかなと調べていたら・・・・

そしたら「愚痴をコボサナイ習慣」というのをやっている人がいた。

http://translate.googleusercontent.com/translate_c?client=tmpg&depth=1&hl=en&langpair=en%7Cja&rurl=translate.google.com&twu=1&u=http://www.acomplaintfreeworld.org/&usg=ALkJrhhOHx5ULDEYlI8vuSjHSS6cMck6pg

(グーグル翻訳はあまりよくないけど・・・・)

では私も始めようGCK38。GuChi wo Kobosanai の略です

愚痴をコボサナイ38才。

今日から2週間、愚痴をコボサナイ。

では、どうなるかな?